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34. 留学予備校 1/3 [留学の準備]

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ニューヨーク・シティの郊外にある州立大学に入学し1年が経ち生活が安定してきました。
さて、では私がどのようにアメリカの大学に入ることができたのか、時間を戻してお話しましょう。

小学校1年の時にテレビで「オズの魔法使い」を見ました。今振り返ると、この時映画の仕事に就きたいと思い立ったのだと思います。高校まで日本で過ごし漠然とアメリカの大学に入って勉強したいという願望を持っていたのですが、実際にどのようなプロセスを辿りアメリカの大学に入るのかは全く知りませんでした。当時私の周囲にはアメリカに行った人などおらず、当時はネットもなかったので十分な情報を入手することはできませんでした。

高校時代、友人たちと通っていた予備校が河合塾でした。当時は高校の勉強を補う目的で池袋校に週数回通っていました。実は河合塾ではそれほど熱心に勉強していた訳ではありませんでした。東京郊外の高校が終わった後に、東京に出られるのが楽しかったのです。池袋という雑多な街の夜は、いるだけで田舎の少年には刺激的でした。そして私の通う高校は男子校だったので、東京のきれいな女子高生たちと教室を同じにするだけで行く意義があったのです。といっても、池袋で悪いことをする訳でもなく、女子高生とお友達になって喫茶店に行く訳でもないのでした。ただ、そのような都会の環境に自分がいることだけで満足していたのでした。

そんな河合塾の入り口にポスターが貼られていました。模擬試験があるという告知ポスターに並んでグリーンアカデミーというポスターがありました。Go for it !というコピーとともに留学コースと書いてあったのです。実は河合塾は留学を希望する学生たち向けに予備校を設けていたのでした。そこで、早速その留学コースの資料をもらいに事務所に行きました。一緒に池袋に遊びにいっていた高校の友達は、私の持っていた資料を見て不思議がっていました。それほど海外留学は自分たちにとって日常ではなかったのです。

後日、私は本屋さんで留学に関する雑誌を立ち読みし、いくつか興味のある本を購入しました。そしてアメリカ留学の進め方を理解しました。さらに本を購入し、実際に行きたい学校がどこなのかを調べ始めました。
そこには、高校生には夢のような世界が広がっていました。広いキャンパスの写真、アメリカ人学生と一緒に食事をする日本人学生、学校の設備、休日の過ごし方 etc ...
心はすっかり留学気分です。早速両親に留学したいという意思を伝えました。自分が行ったことのないアメリカの学校に息子を行かせるということを簡単に決める程、子供に寛容な両親はそういないでしょう。我が家も同じで、何回か話し合いをしました。両親はまずは日本の大学も視野に入れて勉強するように私を説得しました。きっと子供の気ままな発想だと思ったのでしょうし、実際に海外の大学に行かせるとなると、それなりに資金も必要だと感じたのではないでしょうか。
当時、私は本に魅了され、日本の大学に行くつもりはなくアメリカに行きたいという強い意志がありました。高校3年生の時は、毎日留学を思い描き、アメリカの地図を購入し、勝手に住んだ時のイメージなをしていました。そんな野望を持つ私が簡単に日本の大学受験に成功するはずもなく、日本の大学受験は失敗に終わります。超一流難関大学は不合格。あえて浪人の道を選びます。
高校を卒業後は、日本の大学受験に向けた予備校に通いつつ一人で留学の準備を進めました。そして両親を説得し、数ヶ月後、留学予備校に入っていいと言う了解を取り付けたのでした。
留学予備校に行って良いと親が決断するのに約半年かかっています。この間の時間は無駄になっています。日本の大学に入るための予備校の授業料も無駄になっています。でも両親はそれほど苦渋の決断だったのでしょう。自分の子供がアメリカという見知らぬ土地で大学に入り、しかも卒業することはとても難しいことだと気づいていたに違いありません。それでもアメリカに行くと言い張る息子の意思を尊重したのでしょう。

父親は、いくつかの約束を要求しました。まず、ちゃんとアメリカの大学を卒業すること。そして卒業後は日本に戻ってくること。
私は約束を守ることを誓い、河合塾の留学予備校の説明会に参加しました。

説明会によると、これがなかなか大変だということがわかりました。そんなに簡単に有名大学に入れないこと、卒業は相当厳しいこと、金銭的にも結構かかることなどが説明されました。しかし、もう引き返す訳にはいきません。私は入塾願書を提出し、正式に河合塾留学予備校に入ることにしました。

この私の行動を見て、高校時代の友達が急に自分も留学すると言い始めました。中川という友人は、高校ではクラスが一緒になったとこはありませんでしたが通学が一緒で、予備校も一緒でした。通学や池袋に行く時は電車が一緒になり、なんとなく話があったので、時々遊んでいたのですが、それほど仲が言い訳ではありませんでした。そんな中川は、結局一緒に留学予備校に入ってしまいました。

(2017.1.10 Rev.)

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